天文9年(1540年)、尾張守護代・織田信秀が父祖の菩提を弔うため、現在地に近い地に万松寺を創建した。信秀は織田家の氏寺として伽藍を整備し、自らの菩提寺と定めた。天文21年(1552年)、信秀の死去に際して行われた葬儀では、嫡男・織田信長が喪服を着けず褌姿で現れ、位牌に抹香を投げつけたと伝わる。この逸話は信長の「うつけ者」伝説を象徴する場面として広く知られる。江戸時代には尾張徳川家の庇護のもとで寺勢を維持し、織田家の墓所を守り続けた。明治以降、大須一帯の都市化が進む中で周囲の環境は大きく変化したが、寺は曹洞宗の寺院として法灯を継承した。現代においては大須商店街の中心に位置し、白龍・黒龍を配した…