仙台市青葉区大町に位置する仙台城下町の中心となった歴史的交差点で、奥州街道(大町通)と仙台城大手門から東に延びる大町通が交差する要衝。仙台藩祖・伊達政宗が慶長6年(1601年)の仙台城下町建設時に定めた都市計画の基点で、江戸の日本橋にあたる仙台の都市の中心・起点として機能した。地名「芭蕉の辻」は松尾芭蕉(俳人)とは無関係で、辻にそびえていた古い「芭蕉」(バショウの木、または榎や桐とも諸説あり)にちなむとされる。江戸時代には仙台城下町10万石の繁栄の象徴として賑わい、四隅に塔屋を持つ高札場や大名屋敷が建ち並び、『仙台城下絵図』にもその威容が描かれた。昭和20年(1945年)7月の仙台大空襲で周辺は焼失し、現在は跡地を示す石碑が街角に建つのみだが、伊達政宗の都市計画の原点として仙台の歴史を語る上で欠かせない場所。