仙台市中心部を東西に走る定禅寺通りは、二列に植えられたケヤキの並木道として知られ、「杜の都仙台」を象徴する景観を形成している。定禅寺通りの名称は、かつてこの地に建っていた定禅寺に由来する。伊達政宗が仙台城下町を整備する際に、城下に多くの木を植えさせたことが「杜の都」の起源とされる。現在、定禅寺通りでは12月の「SENDAI光のページェント」が開催され、約600本のケヤキに数十万個のLEDが灯る光景が国内外から観光客を引き寄せる。せんだいメディアテーク(伊東豊雄設計)が沿線に建ち、文化・芸術の発信地となっている。また「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」など多くのイベントが開催され、仙台の文化の中心地。
定禅寺通りの歴史は、1601年(慶長6年)に伊達政宗が仙台城下町を開いたことに始まる。政宗は城下整備の一環として家臣に屋敷地へ樹木を植えさせたとされ、これが後世に「杜の都仙台」と称される緑豊かな都市景観の起源と伝わる。通り名の由来となった定禅寺は、城下町形成期に当地に建立された寺院であったが、1682年(天和2年)の仙台大火などを経て廃絶したとされる。明治維新後の近代化に伴い城下町の構造は変容し、定禅寺跡地周辺は市街地として整備された。現在見られるケヤキの並木は、昭和初期以降に道路緑化事業として計画的に植樹されたものが育ったものとされる。戦後の復興・都市開発を経て、定禅寺通りは仙台市の中心的な…