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記念艦三笠
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記念艦三笠
神奈川県
創建
1905
種別
史跡
アクセス
京急汗馬場町駅から徒歩10分
神奈川県横須賀市稲岡町82(三笠公園内)
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基本情報
史跡
創建 1905
121年目

お祭り・行事
1

4月
29
記念艦三笠 春の特別公開
今月開催
横須賀港に係留された記念艦三笠で毎年春に行われる特別公開。日露戦争で連合艦隊旗艦を務めた三笠を、ゴールデンウィーク期間は通常より詳しく見学できる特別プログラムが実施される。
概要
日本海海戦(1905年)において連合艦隊司令長官・東郷平八郎の旗艦として使用されたイギリス製戦艦「三笠」を保存・公開する記念艦。三笠公園(神奈川県横須賀市)に永久保存されており、世界で現存する前弩級戦艦の中でも特に重要な一隻とされる。排水量15,140トン、全長131.7m、主砲30.5cm連装砲2基を備えた当時最強クラスの戦艦であった。1905年5月27日の日本海海戦では旗艦として艦隊を指揮し、世界海戦史上最大の勝利の一つを達成した。戦後は放置・遊戯施設化・ソ連進駐などを経て大きく劣化したが、1961年に復元され国の史跡に指定された。艦内では日本海海戦の詳細な資料・模型・東郷平八郎の遺品などが展示されている。東郷平八郎の「皇国の興廃この一戦にあり」という有名なZ旗信号が示されたのもこの艦上であった。毎年多くの歴史ファン・軍事史研究者が訪れる。
由緒
戦艦三笠はイギリスのヴィッカース社が建造し、1902年(明治35年)に竣工して大日本帝国海軍に引き渡された前弩級戦艦である。1904年(明治37年)に勃発した日露戦争において、連合艦隊司令長官・東郷平八郎の旗艦として従軍した。1905年(明治38年)5月27日〜28日の日本海海戦では、三笠はZ旗信号「皇国の興廃この一戦にあり」を掲げて艦隊を率い、ロシア・バルチック艦隊に対して世界海戦史上稀有とされる大勝利を収めた。戦後は横須賀に保存されたが、荒廃が進み、一時は遊戯施設として利用されるなど艦体は著しく損傷した。さらに第二次世界大戦後はGHQならびにソ連の要求により武装解除・船体の一部埋設処置が施…
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関連する歴史的事件
3

1853
ペリー来航
1853年(嘉永6年)6月3日、アメリカ合衆国東インド艦隊司令長官・マシュー・ペリーが4隻の蒸気船(黒船)を率いて相模国浦賀(現在の神奈川県横須賀市)に来航し、日本に開国を求めた歴史的事件。幕府は回答を翌年に延期したが、1854年に日米和親条約を締結。下田・函館の開港を認めた。ペリー来航は200年以上続いた鎖国体制を終わらせ、以後の開国・攘夷論争、幕末の動乱、そして明治維新への大きなきっかけとなった。黒船は蒸気で動く砲艦という「技術の差」を日本人に突きつけ、日本近代化の原点となった。
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1904
日露戦争
1904年から1905年(明治37〜38年)の日露戦争を記念する横須賀・三笠公園。連合艦隊司令長官・東郷平八郎が旗艦として使用した戦艦「三笠」が公園内に保存・展示されている。日露戦争は当時の列強ロシア帝国と日本が満州・朝鮮の覇権をめぐって戦った戦争で、陸上では黒木為楨・乃木希典らが旅順攻囲・奉天会戦で激戦を繰り広げ、日本は多大な犠牲を払いながら勝利した。海上では1905年5月の日本海海戦で東郷が丁字戦法でロシアのバルチック艦隊をほぼ壊滅させた。ポーツマス条約(アメリカのルーズベルト大統領仲介)で戦争は終結し、日本は南満州鉄道・関東州租借権・南樺太を獲得した。この勝利は欧米列強に対するアジア人の初めての勝利として世界中に衝撃を与え、インド・中国など各国の民族運動に大きな影響を与えた。三笠公園は国の史跡で年間多くの来場者が訪れる。
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1905
日本海海戦
1905年(明治38年)5月27〜28日、対馬沖において連合艦隊司令長官・東郷平八郎率いる日本海軍がロシアのバルチック艦隊を壊滅させた海戦。バルチック艦隊はバルト海から約8ヶ月かけて航行してきたが、丁字戦法を用いた東郷の艦隊の前に惨敗を喫した。ロシア艦38隻のうち21隻が撃沈または拿捕され、日本側の損害は軽微だった。この勝利はアジアの国家が欧州列強に勝利した初の事例として世界に衝撃を与え、東郷は「東洋のネルソン」と称えられた。ポーツマス条約により日露戦争は終結し、日本は国際的地位をさらに高めた。
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