天正元年(1573年)3月12日、正親町天皇の御代に信濃国諏訪明神の御分霊を三浦郡横須賀村中横須賀(現在の下町商店街付近)の滝近くに勧請したことに始まる。江戸末期に横須賀製鉄所(後の横須賀海軍工廠)が設置されて以降、小漁村から主要軍港都市へと発展した横須賀の人口増加に伴い、社地が手狭となった。明治期の海岸埋立工事の施工者・高橋勝七氏が山崖を切り崩した土地を提供し現在地(若松町)に遷座。「若松屋」を屋号とする高橋氏にちなみ若松町と命名された。享和元年(1801年)に本殿・拝殿の御造替を実施し、大正11年(1922年)に村社に指定。大正12年(1923年)5月に現社殿を造営した。