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大願寺(宮島)
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大願寺(宮島)
広島県
創建
1201
種別
寺院
アクセス
宮島桟橋から徒歩約15分
広島県廿日市市宮島町3
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基本情報
寺院
創建 1201
825年目
宗派
高野山真言宗
概要
厳島神社の西側に隣接する高野山真言宗の寺院で、古来「高野山亀居山方光院大願寺」と称される。建仁年間(1201-1204年)に僧・了海が再興したと伝わり、明治維新までは厳島神社の僧坊として神仏習合の中心を担った。本尊は秘仏・厳島弁財天で、日本三大弁財天のひとつに数えられる(他は江ノ島弁財天・竹生島弁財天)。明治初期の神仏分離令で厳島神社から移された多数の仏像を守り、薬師如来坐像・阿弥陀如来像(いずれも重要文化財)を所蔵。明治時代、伊藤博文により「日清戦争の講和会議」の下相談がここで行われたという歴史を持つ。門前の銅像と九本松も有名。
由緒
大願寺の創建年代は定かではないが、建仁年間(1201〜1204年)に僧・了海が再興したと伝わる。正式名称を「高野山亀居山方光院大願寺」といい、高野山真言宗に属する。中世から近世にかけては厳島神社の別当寺的役割を担い、神仏習合の拠点として機能した。本尊の厳島弁財天は秘仏とされ、江ノ島弁財天・竹生島弁財天とともに日本三大弁財天のひとつに数えられる。明治元年(1868年)の神仏分離令・廃仏毀釈の影響により、厳島神社から多数の仏像が当寺に移され、薬師如来坐像や阿弥陀如来像など複数の重要文化財を現在も所蔵する。明治中期には伊藤博文がこの地を訪れ、日清戦争の講和交渉(1895年・下関条約)に向けた下相談が…
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