JR宮島口駅からフェリー10分
広島県廿日市市宮島町1-1
Google Map で開く ↗
良縁成就・恋愛成就・夫婦円満。出雲大社・地主神社・川越氷川神社などが有名。
御祭神「市杵島姫命・田心姫命・湍津姫命」のご神徳に由来
お祭り・行事
— 3
世界遺産・厳島神社での初詣。海に浮かぶ大鳥居と朝日の絶景。
厳島神社は広島県廿日市市宮島に鎮座し、「海上に浮かぶ大鳥居」を持つ世界文化遺産の神社。主祭神は市杵島姫命・田心姫命・湍津姫命の宗像三女神で、海の守護神として古来より篤く信仰されてきた。創建は推古天皇元年(593年)とされ、平安時代末期に平清盛が現在の壮麗な海上社殿を整備した。満潮時には社殿が海に浮かぶように見える景観は、日本三景のひとつに数えられる絶景として国内外に名高い。高さ約16メートルの大鳥居は日本最大級の木造鳥居で、干潮時には歩いて近づくことができる。重要文化財の廻廊・本殿・幣殿・祓殿・客神社など19棟の建造物が国宝・重要文化財に指定され、1996年にユネスコ世界遺産に登録された。弘治元年(1555年)には毛利元就が陶晴賢を破った「厳島の戦い」の舞台ともなった歴史の島。
社伝では推古天皇元年(593年)、地元豪族の佐伯鞍職が市杵島姫命ら宗像三女神を御笠浜に祀ったのが起源とされる。仁安3年(1168年)頃、安芸守として赴任した平清盛が平家一門の氏神と位置づけ、現在と同規模の寝殿造風の海上社殿を造営、法華経一品経を納めた「平家納経」(国宝)も奉納された。平家滅亡後、火災で焼失するも仁治年間(1240-43年)に現存主要部が再建された。戦国期に一時衰退したが、弘治元年(1555年)の厳島の戦いで陶晴賢を破った毛利元就が社殿を修復して復興させた。天正15年(1587年)には豊臣秀吉が参拝し、千畳閣(大経堂)の造営を安国寺恵瓊に命じた。明治維新時の神仏分離令で塔や仏堂の…
関連記事
— 7
関連する歴史的事件
— 1
1555年10月、安芸国厳島(現在の広島県廿日市市宮島)で毛利元就が大内氏の実権を握った陶晴賢を奇襲して滅ぼした合戦。陶晴賢は二万余の大軍で厳島に渡ったが、毛利元就は約四千の兵で嵐の夜を利用した奇襲作戦を敢行。厳島神社を擁する宮島の複雑な地形を熟知した元就軍が四方から包囲し、陶晴賢は敗れて自害した。「日本三大奇襲」の一つとして名高いこの合戦で毛利氏は中国地方の覇者への道を開いた。元就の緻密な計略と胆力が際立つ戦国史上屈指の奇襲戦として高く評価されている。
弘治元年(1555年)、毛利元就はこの厳島を舞台に陶晴賢を奇襲して討ち取る「厳島の戦い」を演じた。元就は海上の要害である宮島に5,000の兵を引き込み、嵐を突いて上陸した2万の陶軍を壊滅させた。この奇策は日本三大奇襲の一つに数えられ、毛利氏が中国地方の覇者へ飛躍する決定的な転換点となった。
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能