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第五福竜丸展示館
東京都
昭和29年(1954年)ビキニ環礁水爆実験の被曝漁船「第五福竜丸」を永久保存する東京都立博物館—無線長・久保山愛吉の遺言が原水爆禁止運動の原点となり映画ゴジラ誕生の一因にもなった
創建
1976
種別
史跡
アクセス
JR・東京メトロ・りんかい線新木場駅から徒歩10分
東京都江東区夢の島2-1-1(都立夢の島公園内)
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基本情報
史跡
創建 1976
50年目
概要
江東区夢の島の都立夢の島公園内に建つ東京都立の歴史博物館で、昭和29年(1954年)3月1日にアメリカ合衆国がビキニ環礁(マーシャル諸島)で行った水爆実験「キャッスル作戦ブラボー」の「死の灰」を浴びて被曝したマグロ延縄漁船「第五福竜丸」(実物、全長約28.56メートル・木造)を永久保存・展示する施設。昭和51年(1976年)6月に開館、平成4年(1992年)に展示館がリニューアル。同船は静岡県焼津港所属で、乗組員23名は帰港後に急性放射能症を発症し、同年9月に無線長・久保山愛吉(40歳)が「原水爆による犠牲者は私を最後にしてほしい」という言葉を残して死去した。この事件は戦後日本における原水爆禁止運動(第一次原水爆禁止世界大会=1955年広島、ゴジラ映画誕生のきっかけともなった)の原点となり、核兵器の廃絶を訴える世界的な平和運動の出発点として重要な意義を持つ。展示館には船体のほか、被曝時の実…
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由緒
1954年3月1日、米国がビキニ環礁で行った水爆実験「キャッスル作戦ブラボー」の死の灰を浴びて被曝した焼津港所属のマグロ漁船・第五福竜丸を永久保存・展示する都立博物館。1976年6月開館。無線長・久保山愛吉の「原水爆による犠牲者は私を最後にしてほしい」の言葉は戦後の原水爆禁止運動の原点となり、映画『ゴジラ』誕生のきっかけにもなった。
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