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JR北新地駅より徒歩3分、Osaka Metro西梅田駅より徒歩5分
大阪府大阪市北区堂島1-6-20(堂島アバンザ敷地内)
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病気平癒・身体健全・心身の癒し。薬師如来や観音菩薩を本尊とする寺院が霊験あらたか。
御祭神「薬師瑠璃光如来(室町時代作)・地蔵菩薩・弘法大師」のご神徳に由来
大阪市北区堂島の堂島アバンザ敷地内に鎮座する、「堂島」の地名由来となった古刹。寺伝では推古天皇元年(593年)、聖徳太子が勅命により四天王寺を造営した折、資材を運ぶ船が難破してこの洲に漂着したため太子自ら堂を建てたのが起源と伝わる、国内最古級のお堂の一つ。この堂が立つ洲(しま)であったことから、周辺の地は「堂島」と呼ばれるようになった。堂島は明治期まで堂島川と曽根崎川(蜆川)に挟まれた中州の島で、江戸時代には日本初の先物取引所「堂島米会所」が置かれ、世界の商品先物市場の原型を生んだ地としても知られる。現在の本尊は薬師瑠璃光如来(室町時代作)のほか、地蔵菩薩像・弘法大師像も祀る。第二次大戦後は毎日新聞大阪本社の拡張で東方へ移転していたが、1999年の堂島アバンザ竣工に合わせ現在地へ戻り、ミラーガラス127枚を組み合わせた直径7mの球形モダン堂宇として再建された。2月の節分に行われる「お水汲み…
推古天皇元年(593年)、聖徳太子が四天王寺造営のため集めた資材船が難破し漂着した洲に太子自ら建立したと伝わる。「堂の建つ島」ゆえに「堂島」の地名となった。室町時代作の薬師如来を本尊とする。昭和戦後の都市開発で移転したが1999年堂島アバンザ竣工に合わせ現在地へ復帰し、ミラーガラス球形堂宇として再建。
推古天皇元年(593年)、聖徳太子が四天王寺を造営するため諸国から資材を集めた折、一艘の船が中津川(後の堂島川)河口で難破し、この中州に漂着したと伝わる。太子は漂着した資材と船材を用いて小さな堂宇を建て、薬師如来を祀った。これが堂島薬師堂の起源であり、「堂の建つ島」ゆえに当地を「堂島」と呼ぶようになった地名由来譚となっている。四天王寺の創建伝承と直結する堂島薬師堂の起源は、古代難波の港湾都市としての性格を色濃く残す。江戸時代には堂島の地が米相場の聖地として世界史に名を刻むことになるが、その原点にある聖徳太子の一堂は、日本仏教黎明期の信仰の痕跡として今も堂島の中心に残り続けている。
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