宝暦2年(1752年)3月、高野山岩本院の僧・法資法道が慶長20年(1615年)の大坂夏の陣で亡くなった戦死者を弔うために鏡如庵大師堂を創建したことを起源とする。寺域は真田幸村が築いた真田丸の近傍にあたる激戦地でもあった。「どんどろ大師」の名称は、天保年間(1834〜1837年)に大坂城代を務めた土井利位が弘法大師に深く帰依したことに由来し、「土井殿の大師」が転訛したとされるが、正確な語源は定かでない。歌舞伎「傾城阿波鳴門」の「どんどろ大師 門前の場」の舞台として広く知られ、摂津国八十八箇所第11番札所として「浪華大師巡り」の拠点にもなった。明治の廃仏毀釈で廃寺となったが、明治42年(1909…