奈良時代**8世紀第4四半期頃**、聖武天皇の勅願により全国に建立された「**法華滅罪之寺**」と総称される国分尼寺の相模国版の跡で、相模国分寺と並んで建立された律令期官寺の遺跡。版築基壇に礎石を据えた瓦葺建物を中心とする伽藍配置が発掘調査で確認されている。貞観15年(873年)には一時的に漢河寺へ移転したが、**元慶2年(878年)の相模大地震で倒壊**、元慶5年(881年)に元の国分尼寺の地に戻されるという激動の歴史を持ち、その後は**掘立柱・茅葺**で再建された痕跡が認められる。発掘された土器から**10世紀末頃まで寺院機能を維持**していたことが判明している。**1997年4月3日に国指定史跡**に指定(2008年3月28日追加指定)され、相模国分寺跡と共に海老名市国分エリアの律令国家の宗教センターとしての歴史を今に伝える一級の考古遺跡。海老名駅から徒歩圏の史跡公園として整備されて…