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円覚寺
円覚寺
神奈川県
創建
1282
種別
寺院
アクセス
JR北鎌倉駅から徒歩1分
神奈川県鎌倉市山ノ内409
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基本情報
寺院
創建 1282
744年目
御祭神・御本尊
宝冠釈迦如来
開基・創建者
北条時宗(開山: 無学祖元)
宗派
臨済宗円覚寺派

この地で詠まれた句
1

仏性は白き桔梗にこそあらめ
夏目漱石 1894年
季語
桔梗(秋)
明治二十七年冬、円覚寺の帰源院にて参禅。のち小説『門』にも結実する体験。
漱石が円覚寺で釈宗演に参禅した時期の句。仏性なるものは、この白い桔梗の花にこそ宿っているのではないか、という禅的感受性の一句。
ご利益
厄除け・災難除け
浄化・お祓い
極楽往生
災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「宝冠釈迦如来」のご神徳に由来

お祭り・行事
7

2月
15
円覚寺 涅槃会
2月15日のお釈迦様の涅槃の日に円覚寺で行われる涅槃会。涅槃図が特別公開され、禅宗の重要な年中行事として僧侶による法要が営まれる。鎌倉の禅寺の凛とした冬の境内で釈尊の遺徳をしのぶ。
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概要
弘安5年(1282年)、八代執権・北条時宗が元寇の戦没者を敵味方なく弔うため、南宋の高僧・無学祖元を招いて創建した鎌倉五山第二位の禅寺。本尊の宝冠釈迦如来像は国宝。舎利殿も国宝建築として知られる。境内の洪鐘は鎌倉最大の梵鐘で重要文化財。北鎌倉駅からすぐの立地に広大な伽藍が展開し、茶道・禅文化の研鑽の場として現代に至る。毎年12月31日の除夜の鐘、座禅会でも有名。境内の白鷺池と紅葉も絶景として名高い。
由緒
弘安5年(1282年)、八代執権・北条時宗が元寇(蒙古襲来)の戦没者を敵味方なく弔うため、宋僧・無学祖元を開山として創建。寺名は建設中に地中から発見された「円覚経」に由来し、山号「瑞鹿山」は開堂の日に白鹿が集まったとの伝説に基づく。舎利殿は神奈川県唯一の国宝建築。鎌倉五山第二位。

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7

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関連する歴史的事件
2

1200
鎌倉文化
12〜13世紀、武士政権の成立とともに展開した力強く写実的な文化。公家文化(伝統)と武家文化(新興)、宋・元からの新しい影響が融合した。彫刻では運慶・快慶ら慶派が東大寺南大門金剛力士像(1203年)、興福寺北円堂無著・世親像などの傑作を残した。建築では東大寺南大門の大仏様、円覚寺舎利殿の禅宗様が伝来。鎌倉新仏教(法然・浄土宗、親鸞・浄土真宗、一遍・時宗、栄西・臨済宗、道元・曹洞宗、日蓮・日蓮宗)が庶民に広まった。文学では『平家物語』『方丈記』(鴨長明)『徒然草』(吉田兼好)の三大随筆、勅撰和歌集『新古今和歌集』(1205年・藤原定家ら撰)が成立。
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1279
北条時宗の禅修行
北条時宗(1251〜1284年)が元寇の危機の中で禅の修行に励み、国難に臨んだことを示す逸話。時宗は宋から渡来した高僧・無学祖元(仏光国師)に参禅し、「己事究明」(自己の本質の探求)に取り組んだ。元軍来襲への恐怖を禅の師に問うた時宗に、祖元は「乾坤孤危の時いかん?」(天地が危うい時にどうする)と問い返し、時宗の精神的修練を深めた。時宗はこの師の教えを支えに国難に立ち向かい、1279年には円覚寺を建立して両軍戦没者の霊を弔った。時宗の禅信仰は鎌倉武士の精神文化を象徴する。
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北条時宗とのつながり
弘安5年(1282年)、八代執権・時宗は元寇(蒙古襲来)の戦没者を敵味方の区別なく弔うため、南宋から招いた無学祖元を開山として円覚寺を創建した。時宗自身も禅の修行に励み、34歳の若さで没した後はこの寺に葬られた。
源頼朝とのつながり
頼朝は大倉幕府の鬼門(北東)に位置するこの神社を、幕府の守護神として特に崇敬した。学問の神・菅原道真を祀るこの社に、頼朝は武運だけでなく幕府の政治的安定も祈願した。鎌倉最古の神社建築が現存する。

ゆかりの人物
2

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