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東慶寺
神奈川県
創建
1285
種別
寺院
アクセス
神奈川県鎌倉市山ノ内1367
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基本情報
寺院
創建 1285
741年目
開基・創建者
覚山尼

お祭り・行事
3

4月
1
東慶寺 春の花まつり
今月開催
「縁切り寺」として名高い東慶寺で春に行われる花の祭典。境内にはウメ・スモモ・キクモモ・ユキヤナギなど季節の花々が次々と開花し、「花の寺」としても人気が高い。鎌倉の春を彩る名所の一つ。
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概要
東慶寺は、鎌倉市山ノ内に位置する臨済宗円覚寺派の寺院で、正式名称を松岡山東慶総持禅寺(まつがおかさんとうけいそうじぜんじ)という。「駆け込み寺」「縁切り寺」として知られ、弘安8年(1285年)の開創から明治6年(1873年)まで約600年にわたり女性救済の場として機能した、日本の女性史において極めて重要な寺院である。開基は鎌倉幕府第八代執権・北条時宗の正室・覚山尼(かくさんに)で、弘安7年(1284年)に34歳で没した夫の菩提を弔うとともに女性のための尼寺として開いた。覚山尼は安達義景の孫娘であり聡明で教養の深い女性であったと伝えられる。東慶寺が日本史に特筆すべき存在となったのは、女性からの離婚が一切認められなかった封建社会にあって、この寺に駆け込めば離縁が成立する「縁切りの寺法」を有していたためである。夫の暴力や酒乱、浮気、虐待に苦しむ女性たちは必死の思いで東慶寺の門を目指した。追手から…
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由緒
東慶寺は弘安8年(1285年)、北条時宗の夫人・覚山尼によって開創された。時宗は前年の弘安7年に34歳で亡くなっており、覚山尼は夫の菩提を弔うとともに、女性救済の道場としてこの寺を建立した。 鎌倉時代から室町時代にかけて、東慶寺は尼五山の第二位に列せられる格式高い尼寺として発展した。五世住職の用堂尼は後醍醐天皇の皇女であり、この頃から東慶寺は「松岡御所」とも呼ばれた。室町時代以降、女性の駆け込み寺としての機能が次第に確立されていった。 江戸時代に入ると、東慶寺の縁切り制度は幕府によって公式に認められた。二十世住職の天秀尼(豊臣秀頼の娘)は徳川家康から寺法を保証され、以後約250年にわたり、…
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