東慶寺は、鎌倉市山ノ内に位置する臨済宗円覚寺派の寺院で、正式名称を松岡山東慶総持禅寺(まつがおかさんとうけいそうじぜんじ)という。「駆け込み寺」「縁切り寺」として知られ、弘安8年(1285年)の開創から明治6年(1873年)まで約600年にわたり女性救済の場として機能した、日本の女性史において極めて重要な寺院である。開基は鎌倉幕府第八代執権・北条時宗の正室・覚山尼(かくさんに)で、弘安7年(1284年)に34歳で没した夫の菩提を弔うとともに女性のための尼寺として開いた。覚山尼は安達義景の孫娘であり聡明で教養の深い女性であったと伝えられる。東慶寺が日本史に特筆すべき存在となったのは、女性からの離婚が一切認められなかった封建社会にあって、この寺に駆け込めば離縁が成立する「縁切りの寺法」を有していたためである。夫の暴力や酒乱、浮気、虐待に苦しむ女性たちは必死の思いで東慶寺の門を目指した。追手から…