社伝によれば、欽明天皇13年(552年)、欽明天皇の勅命で江の島南岸の洞窟(岩屋)に宮を営んだのが起源とされる。その後の神仏習合により島全体が「金亀山与願寺」と称される寺院となり、辺津宮・中津宮・奥津宮の三社を擁する構成が整えられた。寿永元年(1182年)、源頼朝の命を受けた文覚が弁財天を勧請したと『吾妻鏡』に記され、これを実質的な創建とする説もある。鎌倉時代、歴代の将軍・執権が深く崇敬し、北条時政の岩屋参籠伝承(龍神が「北条の子孫繁栄」を約束した三つ鱗の霊験)が北条氏の家紋の由来ともされる。江戸時代には弁才天信仰が流行して庶民参詣の人気スポットとなり、大山詣とあわせて江戸近郊の一大行楽地とな…