恵林寺は元徳2年(1330年)、夢窓疎石によって開創された臨済宗の禅刹である。夢窓疎石は後醍醐天皇の帰依を受けた高僧であり、寺域内に造営した庭園(乾山庭園)は国の史跡に指定される名庭として今日に伝わる。室町期以降、甲斐の有力者の庇護を受けて寺運は興隆し、戦国時代には武田信虎が菩提寺として深く帰依した。武田信玄もこの寺を篤く信仰し、永禄4年(1561年)には快川紹喜を住職として招いた。天正元年(1573年)に信玄が没すると、遺言によって恵林寺に葬られたとされる。天正10年(1582年)、織田信長の甲斐侵攻に際し、快川紹喜は信長方の将兵に四門を焼かれた際、「心頭滅却すれば火もまた涼し」の偈を唱えな…