spot/[id]

ホーム
>
都道府県から探す
>
山梨県
>
甲州市
>
JR中央本線塩山駅
>
向嶽寺
向嶽寺
山梨県
創建
1373
種別
寺院
アクセス
JR中央本線塩山駅から徒歩約10分
山梨県甲州市塩山上於曽2026
Google Map で開く ↗
基本情報
寺院
創建 1373
653年目
宗派
臨済宗向嶽寺派
概要
甲州市塩山上於曽に位置する臨済宗向嶽寺派の大本山。応安6年(1373年)、抜隊得勝禅師が武田氏の外護のもと開山した禅寺で、臨済宗の中でも独立した一派「向嶽寺派」の総本山として知られる。武田信玄が深く帰依し、武田家の祈願所として手厚く保護された。境内には室町時代の枯山水庭園が残り、国の史跡に指定されている。山門(三門)は室町時代に建立された重要文化財で、禅宗建築の傑作とされる。周囲の塩山は甲州ワインの産地として知られるブドウ栽培の盛んな地域に位置している。
由緒
向嶽寺は応安6年(1373年)、抜隊得勝禅師によって開山された臨済宗の禅刹である。得勝禅師は中国から伝来した禅風を独自の形で展開し、向嶽寺派という臨済宗の独立した一派を形成した。創建当初より甲斐の守護・武田氏の外護を受け、武田家の祈願所として手厚く保護された。室町時代を通じて伽藍の整備が進み、現存する三門(山門)および枯山水庭園はこの時期に造営されたと伝わる。三門は禅宗建築の傑作として重要文化財に指定されている。戦国時代には武田信玄が深く帰依し、寺院の権威と経済的基盤はさらに強化された。しかし武田氏滅亡後は庇護者を失い、寺勢は一時衰退したとされる。江戸時代には幕府の宗教政策のもとで徐々に寺格を…
もっと読む
武田信玄とのつながり
武田信玄は向嶽寺に深く帰依し、武田家の祈願寺として手厚く庇護した。信玄は禅の精神を重んじ、この寺の禅僧たちと交流しながら自らの精神的支柱とした。信玄の庇護のもとで向嶽寺は臨済宗の独立一派「向嶽寺派」の大本山として権威を高め、室町時代の枯山水庭園など今日に伝わる文化財の整備も信玄の外護に支えられた部分が大きい。

ゆかりの人物
1

みんなの投稿
0
まだ投稿がありません
御朱印
まだ御朱印の投稿がありません
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U