深志神社の起源は中世に遡る。天正10年(1582年)、小笠原貞慶が武田氏滅亡の混乱に乗じて深志城(現・松本城の前身)を奪還したことを神に感謝し、社を整備したと伝えられる。これが「勝負運の神社」としての信仰の起源とされる。江戸時代には松本藩主・水野氏(1638〜1726年)および戸田氏(1726年以降)が城下の鎮守として篤く崇敬し、社殿の整備が行われた。明治初年の神仏分離を経て近代社格制度に組み込まれ、天神信仰としての菅原道真への崇敬が強まった。現在も受験合格・勝負事の御利益を求めて信州各地から参拝者が集まり、松本城下の守護神としての歴史を今に伝えている。