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太宰府政庁跡
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太宰府政庁跡
福岡県
創建
700
種別
史跡
アクセス
西鉄都府楼前駅から徒歩15分
福岡県太宰府市観世音寺4丁目
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基本情報
史跡
創建 700
1326年目
概要
7世紀後半に設置された古代九州の行政・外交・軍事の中枢機関「大宰府」の政庁跡。「遠の朝廷(とおのみかど)」とも称され、九州全体を統括する最高官庁として奈良・平安時代に栄えた。広大な敷地には正殿・前殿・脇殿の礎石が整然と保存され、往時の壮大な官庁建築の規模を今に伝える国の史跡。菅原道真が延喜元年(901年)に右大臣から大宰権帥に左遷され、この地で最期を遂げた歴史的舞台でもある。遣唐使の出発地点として大陸との外交を担い、古代日本の国際的な表玄関として機能した。春には周囲の野草が青々と茂り、礎石と緑の対比が美しい歴史散策の名所となっている。
由緒
7世紀後半、律令国家の形成期に大宰府は九州の行政・外交・軍事を統括する最高官庁として設置された。政庁の整備は7世紀末から8世紀初頭にかけて進められたとされ、700年頃に現在の礎石が残る正殿・前殿・脇殿を備えた本格的な官庁建築が完成したと考えられている。奈良・平安時代を通じて「遠の朝廷」と称され、遣唐使の出発拠点として大陸外交の窓口を担い、律令制下の地方統治の要として機能した。延喜元年(901年)には右大臣・菅原道真が藤原時平の讒言により大宰権帥に左遷され、延喜3年(903年)にこの地で没した。道真の死後、政庁は引き続き機能したが、11世紀以降に律令体制が弛緩するとともに大宰府の権能は次第に縮小…
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