貞和2年(1346年)、臨済宗の僧・徹翁義亨によって創建された。当初は臨済宗の寺院として鷹峯の地に開かれたが、元禄7年(1694年)に卍山道白が住持となり曹洞宗に改宗、以後は曹洞宗の寺院として現在に至る。江戸時代には本堂が整備され、禅の教えを視覚化した「悟りの窓」(円窓)と「迷いの窓」(角窓)が設けられた。また本堂の血天井は、慶長5年(1600年)の伏見城落城に際して自刃した徳川方の家臣約380名の血痕を移したものとされる。この血天井は伏見城の遺構を移築したものと伝わり、霊を慰めるために天井として用いられたとされる。近代以降も曹洞宗の寺院として法灯を守り続け、境内の紅葉の美しさとともに、禅的世…