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銀山寺
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銀山寺
大阪府
種別
寺院
アクセス
大阪メトロ谷町線・谷町九丁目駅から徒歩10分、四天王寺前夕陽ヶ丘駅から徒歩8分
大阪府大阪市天王寺区生玉寺町6-26
Google Map で開く ↗
基本情報
寺院
御祭神・御本尊
阿弥陀如来
宗派
浄土宗
ご利益
浄化・お祓い
極楽往生
穢れ祓い・心身の浄化・邪気払い。禊(みそぎ)や護摩の伝統に連なる。
御祭神「阿弥陀如来」のご神徳に由来
概要
大阪市天王寺区生玉寺町に所在する浄土宗の寺院。山号は寶樹山(ほうじゅさん)、院号は荘厳浄土院。元は「大福寺」と称したが、豊臣秀吉の命により「銀山寺」と改められたと伝わる。境内墓地には、享保7年(1722年)4月6日の宵庚申の夜に生國魂神社の大仏勧進所で心中した大坂油掛町の八百屋の養子・半兵衛と妻お千代の「比翼塚」がある。この心中事件を近松門左衛門が同年4月に世話浄瑠璃「心中宵庚申」として竹本座で初演、空前の大ヒットとなった。24歳のお千代は妊娠中または赤子を抱えての心中であったと伝わり、墓石には二人の戒名に加えて「離身童子」と刻まれる。文楽人形遣いの人間国宝・初代吉田玉男(2006年没)や江戸初期の俳人・岡西惟中の墓もあり、近松作品ゆかりの地・文楽の聖地として熱心なファンの参拝が絶えない。
由緒
元は「大福寺」と称したが、豊臣秀吉の命により「銀山寺」と改められたと伝わる浄土宗寺院。享保7年(1722年)4月6日の宵庚申の夜、大坂油掛町の八百屋の養子・半兵衛と妻お千代が生國魂神社の大仏勧進所で心中し、当寺に葬られた。同年4月、近松門左衛門がこの事件を題材に世話浄瑠璃「心中宵庚申」を竹本座で初演し大ヒット。お千代24歳は妊娠中もしくは赤子を抱えての心中とされ、墓石には「離身童子」の戒名が併刻される。以後、近松作品ゆかりの寺として文楽・歌舞伎ファンの参詣地となった。境内には文楽人形遣いの人間国宝・初代吉田玉男(1919-2006)や江戸前期の俳人・岡西惟中の墓もある。
近松門左衛門とのつながり
享保7年(1722年)4月6日の宵庚申の夜、大坂油掛町の八百屋の養子・半兵衛と妻お千代が舅姑との不和から生國魂神社の大仏勧進所で心中した。この事件の衝撃は大きく、近松門左衛門は同年4月のうちに世話浄瑠璃「心中宵庚申」を書き上げ、道頓堀の竹本座で初演。姑の嫁いびりと武家の義理に板挟みとなった半兵衛の苦悩、身ごもったお千代の覚悟を描いたこの作品は近松晩年の世話物の傑作となり大坂中を熱狂させた。二人の比翼塚は銀山寺境内に残り、今も近松ファンや文楽愛好家が参拝に訪れる。

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