大阪市天王寺区生玉寺町に所在する浄土宗の寺院。山号は寶樹山(ほうじゅさん)、院号は荘厳浄土院。元は「大福寺」と称したが、豊臣秀吉の命により「銀山寺」と改められたと伝わる。境内墓地には、享保7年(1722年)4月6日の宵庚申の夜に生國魂神社の大仏勧進所で心中した大坂油掛町の八百屋の養子・半兵衛と妻お千代の「比翼塚」がある。この心中事件を近松門左衛門が同年4月に世話浄瑠璃「心中宵庚申」として竹本座で初演、空前の大ヒットとなった。24歳のお千代は妊娠中または赤子を抱えての心中であったと伝わり、墓石には二人の戒名に加えて「離身童子」と刻まれる。文楽人形遣いの人間国宝・初代吉田玉男(2006年没)や江戸初期の俳人・岡西惟中の墓もあり、近松作品ゆかりの地・文楽の聖地として熱心なファンの参拝が絶えない。