仁治年間(1240〜1243年)に博多で臨済禅が急速に広まった時代を背景に開かれた御供所町の古刹で、聖福寺・東長寺・承天寺・崇福寺とともに「博多五山」の一つに数えられる格式ある禅刹。博多商人・謝国明と聖一国師・円爾が中心となり開かれたとされ、宋から伝来した禅文化の受け皿として中世博多における仏教の中枢を担った。山号「石城山」は文永・弘安の役(1274・1281年)の際に博多湾岸に築かれた石造の防塁(石築地)に由来するとも伝わり、蒙古来襲という歴史的危機との縁を物語る。天正年間(1573〜1591年)の戦乱により伽藍が焼失し、慶長5年(1600年)に黒田長政が筑前に入国した際に現在地に再興された…