仁治元年(1240年)、僧・湛慧が太宰府の横岳(現・筑紫野市付近)に開創し、翌1241年には聖一国師・円爾が開堂演法を行った。山号「萬松山」は円爾の宋における師・無準師範に由来し、1243年に承天寺とともに勅願寺の認定を受けた格式ある禅刹である。天正14年(1586年)、島津氏と大友氏の戦乱に連動した兵火により伽藍が焼失した。慶長5年(1600年)、筑前に入国した黒田長政は父・黒田孝高(官兵衛・如水)の菩提を弔うため、当寺を現在の博多区千代の地に移転・再興し、福岡藩黒田家の菩提寺とした。以来、歴代藩主の手厚い庇護のもとで境内が整備され、北側に設けられた藩祖孝高・二代長政をはじめとする歴代藩主の…