仁治2年(1241年)、宋への留学を終えて帰国した聖一国師・円爾が、大宰府守護代・武藤資頼と博多の宋人商人・謝国明の支援を得て開山した。翌1242年には後嵯峨天皇から「戒衣」を授けられ、1243年には勅願寺の勅許を得て格式を高めた。円爾は宋での修学中に製粉技術を習得して日本に持ち帰り、承天寺には当時の「製粉水車之図」が伝わる。境内に建つ「饂飩蕎麦発祥之地碑」と「博多祇園山笠発祥之地碑」は、日本における麺食文化と博多を代表する夏祭り(国指定重要無形民俗文化財)の起源をこの寺に求める歴史的証言である。文永・弘安の役(蒙古来襲)の際には境内で異国降伏の祈祷を修し、国家護持に貢献したと伝わる。寺宝のう…