1195年(建久6年)、栄西禅師が二度目の入宋から帰国後、博多に日本初の禅寺として聖福寺を開創した。栄西はこの地を拠点に臨済禅の布教に努め、禅とともに茶の文化も日本に広めた「茶祖」としても知られる。後鳥羽上皇より「聖福万年禅寺」の勅額を賜り、朝廷からも権威を認められた格式ある禅刹となった。中世には臨済宗の拠点寺院として栄え、博多の禅文化を牽引した。近世には幾度かの火災や戦乱による被害を受けながらも、その都度再建が繰り返されたと伝わる。江戸時代には福岡藩黒田家の庇護を受けて伽藍の整備が進み、現在に伝わる方丈・庫裡・仏殿などの主要建物が形成されたとされる。明治期の廃仏毀釈の波にも耐え、臨済宗聖福寺…