函館山は北海道函館市の南端に位置する標高334メートルの山で、もとは陸繋島(トンボロ)の地形を形成する独立丘陵であった。江戸時代には「亀田山」とも呼ばれ、箱館奉行所が置かれた函館の地を見守る地形的要衝として知られていた。1868年(明治元年)の箱館戦争では、旧幕府軍(榎本武揚率いる蝦夷共和国)がこの山を含む函館周辺を戦場とし、近代史における重要な舞台となった。明治以降、日本の対外的緊張の高まりとともに函館山は軍事的要地として注目され、1900年(明治33年)頃から旧日本陸軍による要塞建設が本格化した。山全体が軍事施設として整備され、民間人の立ち入りは長らく制限された。第二次世界大戦終結後、19…