室町時代の明徳元年(1390年)、松前地方の豪族・河野加賀守季通によって勧請されたと伝わる。当初は亀田村(現在の函館市亀田地区)の鎮守として栄え、江戸時代には松前藩の庇護を受けた。江戸期に現在地に社殿が再建され、旧社殿は函館最古の木造建築として今も保存されている。幕末の箱館戦争(明治2年・1869年)の際には旧幕府軍が亀田地域を占拠し、新政府軍との攻防が近辺で展開された。明治以降は亀田郡全域の総鎮守として信仰を集め、昭和33年(1958年)の函館市との合併後も地域の精神的拠点として継続している。旧社殿は函館市の文化財に指定され、北海道有数の古社として広く知られる。