約800年前の鎌倉時代、羽田浦の水軍を率いた領主・行方与次郎が牛頭天王を勧請したのが始まり。明治元年の神仏分離で八雲神社として独立し、明治40年に羽田神社と改称。祭神は須佐之男命と稲田姫命の夫婦神。文久元年(1861年)、十四代将軍・徳川家茂が疱瘡平癒を祈願し快復したことで病気平癒の霊験が広まった。境内の「羽田富士」は明治元年に富士講「木花講」が築造した富士塚で大田区指定有形民俗文化財。羽田空港を含む羽田全域の氏神であることからANA・JAL等航空各社が運航安全祈願に参詣する。7月最終土日の「羽田まつり」は担ぎ手3,000人・見物客30,000人超の大祭で、神輿を左右に大きく傾ける「ヨコタ担ぎ」は漁師町時代の波に揺れる船を模した羽田独自の勇壮な担ぎ方。