承応2年(1653年)、三代将軍徳川家光の治世下に鉄砲洲稲荷神社の分社として創建されたと伝わり、後に春日大社の分霊を合祀して「春日神社」と称するようになった。晴海・豊洲一帯は江戸期以降に段階的に進められた埋め立てによって形成された土地で、当社は埋め立て地を切り拓いた人々の産土神として篤い信仰を集めてきた。境内に残る狛犬は文政年間(1818〜1830年)の作と伝わり、江東区内でも最古級の石造物として貴重視されている。近年は晴海トリトンスクエアや選手村跡地の再開発が進む湾岸エリアにあって、江戸期からの信仰の痕跡を今に伝える貴重な社である。