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佃浪除稲荷神社(於咲稲荷神社)
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佃浪除稲荷神社(於咲稲荷神社)
東京都
創建
1600
種別
神社
アクセス
東京メトロ有楽町線・都営大江戸線月島駅から徒歩6分
東京都中央区佃1-8-4
Google Map で開く ↗
基本情報
神社
創建 1600
426年目
御祭神・御本尊
宇迦之御魂命
稲荷神
ご利益
商売繁盛
五穀豊穣
出世開運
事業繁栄・開店繁盛・取引成功。稲荷神社や恵比寿神社で広く祈願される。
御祭神「宇迦之御魂命(稲荷神)」のご神徳に由来
概要
東京都中央区佃、佃島の入江(現・佃川)に面する小祠で、正式名は於咲稲荷神社(おさきいなりじんじゃ)、通称「浪除稲荷」と呼ばれる。摂津国佃村(現・大阪市西淀川区佃)から徳川家康に従って江戸へ移り住んだ佃島の漁民が、荒波から船・家屋を守る守護神として稲荷神を祀ったのが起源とされる。境内に現存する「力石」3個は中央区民有形民俗文化財に登録されており(平成5年4月1日)、いずれも明治期に佃島の漁師・船方衆が奉納・持ち上げたもの。「佃大市」「佃辰」「佃清」「吉松」等の人名と「さし石」「奉納」の切付が刻まれ、当時の佃の漁業共同体の結束と力自慢文化を直接伝える。隅田川河口の小さな境内ながら、江戸〜近代の佃島の歴史を凝縮した記念物として訪れる人が絶えない。
由緒
佃島は天正年間(1573〜1592)に徳川家康が摂津国西成郡佃村の漁民を江戸に招き、隅田川河口の干潟に住まわせたことに始まる。佃漁師は白魚漁の独占権を与えられ、江戸城御用の魚を献上する格式を持った。当社は佃島造成とほぼ同時期に勧請されたと伝わり、正徳2年(1712年)の記録に既に当社が存在したことが確認できる。境内の3個の力石は、明治20〜30年代頃、佃島の漁師・船方衆が祭礼や日常の合間に力比べを行って奉納したもので、切付の人名から「佃大市」「佃辰」「佃清」「吉松」らが中心人物として確認される。寸法は長径60〜64cm、短径36〜43cm、厚さ18〜23cm程度。平成5年(1993年)4月1日…
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