天平13年(741年)、聖武天皇の詔により全国に建立された国分寺制度に基づき、土佐国分寺として創建された。奈良時代には国家鎮護の根本道場として七堂伽藍が整備され、広大な境内に壮麗な堂宇が立ち並んでいたと伝わる。平安時代には弘法大師空海が当地を巡錫し、荒廃していた寺を再興したとされる。これにより四国八十八箇所第29番札所として遍路の霊場に加えられ、以降は巡礼地としての性格を強めた。中世には兵火や社会的動乱により伽藍の多くが失われたとされ、幾度かの衰退と復興を繰り返した。近世には土佐藩の庇護を受けながら法灯を維持した。現在の境内は国の史跡に指定されており、奈良時代の創建当初の礎石跡が残存し、往時の…