推古天皇4年(596年)頃の創建と伝わる。もとは今治の別宮大山祇神社の別当寺として草創され、四神が降臨したことで「南光坊」と名付けられたと伝えられる。平安時代初期、弘法大師空海が四国巡錫の際に立ち寄り、十一面観音像を彫り別当寺の本尊として安置したと伝わる。中世を通じて今治地域の宗教的中心として機能し、神仏習合の形で大山祇神社別宮と深く結びついてきた。明治初期の神仏分離令によって別宮との縁が断たれた後も、四国八十八箇所第55番札所としての法灯は守り続けられた。現在の本尊は大通智勝如来で、四国霊場の中で唯一「坊」の名を冠する霊場として知られ、今治市街地に位置することから今治城観光と合わせて多くの参…