弘仁13年(822年)、弘法大師空海が四国巡錫の折にこの地を訪れ、一刀三礼して阿弥陀如来像を彫り安置したのが栄福寺の始まりと伝わる。本尊は「来迎阿弥陀」として信仰され、死者の魂を極楽浄土へ導く阿弥陀の来迎を象徴するものとされ、往生を願う人々の信仰を集めてきた。中世には兵火などで堂宇が荒廃した時期もあったとされるが、近世に地域の信仰を背景に整備が進み、四国八十八箇所第57番札所として遍路衆に広く知られるようになった。江戸時代以降も玉川の里山に静かに佇む霊場として法灯を守り続け、多くの遍路が念仏を唱えながら参拝してきた。現在も玉川ダム湖(長池)を見下ろす静謐な山腹に境内を伝えている。