白峯寺は弘仁13年(822年)、弘法大師空海が五色台の山上に開創したと伝わる。空海が本尊の千手観世音菩薩像を刻み、霊場として整備したとされる。平安末期の保元元年(1156年)、保元の乱に敗れた崇徳上皇が讃岐国に配流され、長寛2年(1164年)に同地で崩御した。上皇の御陵(白峰御陵)は寺域に隣接して設けられ、白峯寺はその菩提を弔う寺として重要な位置を占めるようになった。後白河法皇は崇徳上皇の冥福を祈るため、白峯寺を勅願所と定めたと伝わる。中世以降も歴代の朝廷や武家の崇敬を受け、寺は法灯を保ち続けた。明治維新後の神仏分離令により白峰御陵は宮内省管轄となり、寺と御陵は分離されたが、現在も境内に隣接し…