寛文13年(1673年)9月、吉田新田の開発を成し遂げた材木商・吉田勘兵衛良信が、江戸の山王権現(現・日枝神社)の分霊を勧請し、新田の総鎮守として創建した。吉田新田は大岡川河口の入海を埋め立てた大規模干拓で、現在の横浜関外の市街地はその地に発展した。当社はその守護神として関外40余ヶ町の総鎮守となり、庶民の崇敬を集めた。「お三の宮」の通称は「山王の宮」が転訛したものとされ、埋め立ての難工事に身を捧げた人柱「おさん」の伝説は後世に生まれた付会と説明される。毎年秋の例大祭「お三の宮秋祭り」では大神輿が関外一帯を巡り、横浜有数の賑わいを見せる。