創建は不詳だが、永和2年(1376年)6月の棟札に「益田大江助造営」と記されており、少なくとも南北朝期には当社が存在していたことが確認できる。武蔵国一円に広がる杉山神社信仰の一社で、江戸時代は太田村の鎮守として崇敬され、松吟山大光院がその別当を務めた。社には、徳川氏の祖先がかつて当地で天神を勧請して去ったという伝承があり、「徳川天満自在天神」の名が残ると伝わる(この伝承は断定できない)。貴重な永和2年の棟札は昭和20年(1945年)の横浜大空襲で焼失し、社殿も失われたが、昭和32年(1957年)に再建された。南太田の丘に鎮まる古社である。