慶長元年(1596年)、日等上人が法輪山法華寺として創建。延宝6年(1678年)、新宮藩3代藩主・水野重央が菩提寺として整備し、父の法号「本廣院」から「本廣寺」、母の法号「惠雲院」から「惠雲山」の山号を採り、現在の寺号に改めた。享保4年(1719年)、新宮藩士川上五郎作の次男として不白(幼名・梅之助)がこの地で誕生した。16歳で上京し表千家七世・如心斎天然宗左の内弟子となり、茶道の奥義を極めた。宝暦元年(1751年)師命により江戸へ下向し、武家から町人にまで茶道を広め、独自の展開を遂げた。この流れが表千家本家から独立する形で「江戸千家」として成立し、不白はその開祖と称される。晩年は江戸・根岸に…