天正13年(1585年)、肥後国主・加藤清正が父・加藤清忠の菩提を弔うために創建した日蓮宗の寺院。当初は現在地とは異なる場所に建立されたとされるが、清正の入封後に熊本城下の整備とともに現在の熊本市西区花園山の地に移転・拡充された。慶長16年(1611年)に清正が没すると、その廟所が境内に設けられ、以後「清正公さん」として藩主・庶民双方から深く崇敬された。江戸時代を通じて肥後細川藩の保護を受け、九州における日蓮宗の一大拠点として伽藍の整備が進められた。明治維新後の神仏分離・廃仏毀釈の波も経験したが、清正信仰に支えられた民衆の篤い帰依により寺観は維持された。昭和20年(1945年)の熊本大空襲では…