天慶4年(941年)、朝廷の命を受けた藤原実範が藤原純友の乱の平定を祈願して勧請・創建したと伝わる。当初は現在地とは異なる場所に鎮座していたとされるが、詳細は不明な部分も多い。応神天皇・神功皇后・玉依姫命を主祭神とし、肥後国一宮として古くから国内の崇敬を集めた。中世には肥後国内の武将たちから社領の寄進を受けたと伝わり、近世に入ると加藤清正をはじめとする歴代肥後藩主からも篤い崇敬を受け、社殿の修造や社領の寄進が行われたとされる。明治時代の神仏分離令により近代社格制度のもとで県社に列せられた。昭和期には戦災による被害を受けたが、戦後に社殿が復興・整備された。現在も熊本市の総鎮守として市民の信仰を集…