報恩寺はもと天台宗の寺院として創建されたと伝わるが、詳細な創建年代は不明である。文亀元年(1501年)、後柏原天皇の勅命を受けた浄土宗の僧・慶譽上人によって再興され、現在の浄土宗寺院としての基礎が築かれた。桃山時代には豊臣秀吉との縁が深まり、秀吉が愛蔵した中国・四明陶佾筆の「鳴虎図」が寺に伝来した。秀吉がこの絵を聚楽第に持ち帰ったところ夜ごとに虎の鳴き声がしたため寺に返したという逸話が生まれ、以来「鳴虎」の通称で知られるようになった。同じく桃山時代の作とされる襖絵や、千利休作と伝わる茶室も境内に伝わる。近世以降も西陣の町中に静かにたたずみ、江戸・明治の変革期を経ながらも法灯を守り続けた。現在は…