手児奈霊神堂の創建は奈良時代の天平年間(730年頃)にさかのぼると伝わる。真間の入り江に身を投げたとされる悲劇の美女・手児奈の霊を慰めるため、その地に堂が建立されたと伝えられる。万葉集には山部赤人や高橋虫麻呂が手児奈を題材に歌を詠んでおり、奈良時代にはすでにその伝説が広く知られていたとされる。中世以降、弘法寺との関係が深まり、同寺の境内に隣接する現在の形が整えられていったと考えられる。江戸時代には真間の地が名所として知られ、松尾芭蕉をはじめ多くの文人墨客が訪れ、手児奈の伝説にまつわる詩歌が多数詠まれた。近代以降も霊堂は地域の信仰の中心として維持され、良縁成就の神として広く崇敬を集めてきた。現在…