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白峯神宮
京都府
創建
1868
種別
神社
基本情報
神社
創建 1868
158年目
御祭神・御本尊
崇徳天皇
淳仁天皇
ご利益
学問成就
厄除け・災難除け
芸能・技芸上達
受験合格・学業成就・論文執筆・書道上達。天神信仰(菅原道真公)ゆかりの天満宮に多い。
御祭神「崇徳天皇・淳仁天皇」のご神徳に由来
概要
慶応4年(1868年)に明治天皇の勅命により崇徳天皇と淳仁天皇を祭神として創建された神社である。崇���天皇は保元の乱に敗れて讃岐に流され、怨霊となったと恐れられた天皇であり、その御霊を鎮めるために創建された。境内に蹴鞠の宗家・飛鳥井家の屋敷跡があることから球技の神様として知られ、サッカーや野球などスポーツ選手の参拝が多い。毎年7月7日の精大明神祭では蹴鞠の奉納が行われ、平安時代の雅な遊びが再現される。堀川今出川の交差点近くに位置し、晴明神社や京都御所からも近いアクセスの良い場所にある。スポーツの守り神として各種球技のお守りが人気を集めている。
由緒
白峯神宮は、慶応4年(1868年)に明治天皇の勅命によって創建された神社である。祭神は崇徳天皇と淳仁天皇の二柱。崇徳天皇は保元元年(1156年)の保元の乱に敗れ、讃岐国(現・香川県)に配流されたのち同地で崩御し、その後怨霊として恐れられてきた。明治維新に際し、新政府は崇徳天皇の御霊を京都へ迎え、鎮魂するために本社を創建した。社地はかつて蹴鞠の宗家として知られた公家・飛鳥井家の屋敷跡にあたり、境内には飛鳥井家ゆかりの精大明神が合祀されている。この縁から、白峯神宮は球技・武道をはじめとするスポーツ全般の守護神として広く信仰を集めるようになった。毎年7月7日には精大明神祭が執り行われ、平安時代以来の…
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1156
保元の乱
1156年、崇徳上皇と後白河天皇の皇位継承争いに藤原氏・源氏・平氏の内紛が絡み合って起きた京都での戦い。崇徳上皇方には源為義・平忠正らが、後白河天皇方には源義朝・平清盛らが付いた。夜戦を主張した義朝の献策が採用され、白河北殿への夜襲で崇徳上皇方は壊滅した。戦後、崇徳上皇は讃岐に配流、源為義・平忠正らは斬首された。武士が貴族の争いに武力で介入し勝敗を決した画期的事件であり、以後の武家勢力台頭を決定付けた。
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