康平6年(1063年)、源頼義が陸奥国(奥州)平定の帰途、京都の石清水八幡宮を勧請して創建したと伝わる。以後、浅草周辺の地域信仰の拠点として長く機能したとされる。江戸時代には今戸焼と呼ばれる素朴な陶器がこの地域で盛んに焼かれ、その中に招き猫の原型が含まれていたと伝わることから、今戸神社は招き猫発祥の地として知られるようになった。祭神には夫婦神である伊弉諾尊・伊弉冉尊を祀ることから、縁結びの神社としても広く信仰を集める。慶応4年(1868年)5月、新選組一番組組長・沖田総司が近隣の療養先でこの地において没したとされ、幕末史跡としても記憶されている。明治以降、近代社格制度のもとで整備が進み、現在も…