永禄3年(1560年)、現在の北九州市門司の地から下関に移されたと伝わる浄土宗の寺院で、慶長3年(1598年)に小早川秀秋を施主として現在地に移建されたという。山門(三門)には江戸期に彫られた龍の彫刻があり、名工・左甚五郎の作と伝えられる。夜な夜な龍が抜け出して人を襲ったため武士が斬りつけたという伝説が残り、龍の胴には切られた跡があると語り継がれる。この三門は戦災を免れ、下関市指定文化財となっている。慶長12年(1607年)から文化8年(1811年)にかけて12回来日した朝鮮通信使の一行は、江戸へ向かう途上たびたび下関に逗留し、引接寺はその宿舎の一つとして用いられた。日朝外交の記憶を伝える寺と…