浄福寺の前身は京都御所の今出川御門付近に存在し、長年にわたり上京の浄土宗念仏道場として機能していた。元和元年(1615年)、徳川幕府による京都整備の動きとともに現在の浄福寺通一条上る笹屋町へ移転が行われ、これを機に「浄福寺通」の通り名がこの地に定着したとも伝わる。山号「惠照山」は浄土宗の伝統的な念仏観に由来し、寺号「浄福寺」は清らかな功徳(浄福)を積む念仏の道場を意味する。境内の赤塗り山門は「赤門」の愛称を生み、地域住民から「赤門寺」と呼ばれてきた。近世には25か寺の末寺を擁し、西陣一帯の浄土宗を束ねる有力寺院として栄えた。「念仏三昧堂」の別称が示すように、常時念仏行を行う三昧堂を設けて信仰実…