鎌倉市大町に位置する日蓮宗の寺院で、正和2年(1313年)に日範上人を開山として創建されたと伝わる。本尊は三宝祖師。境内に祀られる瘡守稲荷(かさもりいなり)は、瘡(かさ)すなわち腫れ物・できものの治癒に霊験あらたかとされ、近世以降「万病、特に癌に効がある」として「がん封じの寺」として全国に知られるようになった。山門には左甚五郎の作と伝わる竜の彫物が施されており、参拝者を出迎える。本堂は明治19年(1886年)に妙法寺から移築されたもので、格天井の花鳥画や欄間の十二支の彫刻、本堂の表欄間や梁に細川氏の手になる竜の彫物など、近世建築の意匠を随所に見ることができる。境内には鬼子母神を祀る浄行堂もあり、子供の健康や安産の祈願にも参詣者が訪れる。鎌倉駅東口から徒歩約12分。
上行寺は正和2年(1313年)、日蓮の高弟・日朗の門流に連なる日範上人を開山として大町の現在地に創建されたと伝わる。日蓮宗の鎌倉における拠点寺院の一つとして、近隣の妙本寺・本興寺・常栄寺などと共に大町に集まる日蓮宗寺院の一画を形成してきた。中世から近世にかけては妙法華経寺・身延山などの本山の影響下で法灯を維持し、江戸時代には地域の檀家信仰を支える寺院として安定した運営を続けた。境内に祀られる瘡守稲荷は、瘡(かさ)すなわち皮膚の腫れ物・できものを治す霊験で知られ、近世から近代にかけて「万病、特に癌に効がある」とする信仰が広まり、「がん封じの寺」として全国から参詣者を集めるようになった。本堂は明治…