鎌倉市材木座に位置する日蓮宗の寺院で、山号は石井山(せきせいざん)、本尊は大曼荼羅(一塔両尊四師)。建長5年(1253年)、安房国から鎌倉に入った日蓮聖人に深く帰依した鎌倉武士・石井(いしい)長勝が、自邸に法華堂を建立して日蓮に寄進したことを起源とし、開基檀越・石井長勝の名から寺号「長勝寺」が付けられた。境内中央には高村光雲作の堂々たる日蓮聖人辻説法像が立ち、四方を四天王像が守護する。本堂奥の法華堂は鎌倉時代後期から室町期の遺構を伝える神奈川県指定重要文化財で、大壇・鰐口・燭台と共に文化財に指定されている。毎年2月11日には「水行荒行成満会」が境内で行われ、寒中に冷水を被って修行を終えた荒行僧たちが集う光景は鎌倉の冬の風物詩として知られる。鎌倉駅東口から徒歩約15分、由比ヶ浜・材木座海岸へ向かう途中の名刹。
長勝寺の起源は、建長5年(1253年)に安房国から鎌倉に入った日蓮聖人と、聖人に深く帰依した鎌倉武士・石井(いしい)長勝の関係にさかのぼる。日蓮の松葉ヶ谷草庵にほど近い材木座一帯は、当時鎌倉の海岸に近い武士団の居住地であり、長勝は日蓮の説く法華経の教えに感銘を受けて自邸に法華堂を建立し、これを日蓮聖人に寄進した。これが当寺の起源とされ、開基檀越である石井長勝の名から「長勝寺」、屋敷地が石井ヶ谷と呼ばれていたことから山号「石井山」が定着した。中世から近世初頭にかけては鎌倉における日蓮宗の主要寺院の一つとして法灯を継承した。江戸時代には妙本寺末寺として組織化され、檀家信仰を支えた。現存する法華堂は…