「常在院」という名は「常に在る」すなわち常住不変の仏法を表すとも、場所として「常にそこに在る」修行の場を意味するとも解釈される。臨済宗妙心寺派の禅院として、公案問答と坐禅を中心とした修行の場を北浦の地に提供してきた。北浦には同宗派の寺院として海月寺・瑞光寺が存在し、常在院とあわせて三院が近接することは、中世から近世にかけてこの地が禅の教化圏として機能していたことを示唆する。男鹿半島北部の漁村は日本海の荒波に面し、出漁のたびに生死が隣り合わせとなる厳しい環境であった。禅の「無常を直視する」精神はそのような生活感覚と親和性が高く、漁師たちの間に禅信仰が根付いた背景の一つとなったと考えられる。