建長3年(1251年)、僧・不山東用が近隣の海晏寺境内に塔頭庵・瑞林院として創建したのが始まり。当初は臨済宗に属していたが、慶長元年(1596年)に5世・分外祖耕の代に曹洞宗へ改宗し独立。寛文元年(1661年)に現在の寺号「海雲寺」に改められた。寛永3年(1626年)には門前町屋の家作が許可され、旧東海道沿いの宿場町として賑わう品川宿の一角を担った。千躰荒神の起源は肥後国(熊本県)天草の荒神ヶ原に遡る。島原の乱(1637〜38年)に出陣した佐賀藩主の子・鍋島直澄が天草の荒神へ戦勝を祈願したところ「千余の神兵が現れ加護を与えた」という霊験があり、帰還後に像を江戸・高輪の佐賀藩下屋敷へ遷して崇敬し…