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勝海舟生誕地(両国公園)
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勝海舟生誕地(両国公園)
東京都
創建
1823
種別
史跡
アクセス
JR両国駅から徒歩6分、JR錦糸町駅から徒歩22分
東京都墨田区両国4-25-3(両国公園内)
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基本情報
史跡
創建 1823
203年目
概要
東京都墨田区両国4丁目の両国公園内に立つ、幕末維新期の三舟の一人・勝海舟(1823-1899)の生誕を記念する石碑。文政6年(1823年)1月30日、旗本・勝小吉の長男として江戸本所亀沢町の大谷家屋敷(海舟の父・勝小吉の実家)で生まれ、7歳までこの地で育った。生誕地は現在の両国公園の一角にあたり、平成27年(2015年)、墨田区が両国公園を「歴史文化公園」として整備した際に勝海舟生誕の地として史跡化された。碑文は海舟の盟友・西郷隆盛の孫・西郷吉之助(参議院議員・戦後政治家)が揮毫したもので、江戸無血開城で敵同士だった海舟と隆盛の孫同士が史跡碑で結ばれる歴史の縁を象徴する。勝海舟は咸臨丸渡米(1860年)、幕府海軍奉行並、鳥羽伏見後の徳川家総指揮官として西郷隆盛と江戸城無血開城交渉(慶応4年・1868年3月14日)を成功させ、明治以降は参議・海軍卿・枢密顧問官を歴任、洗足池畔で77歳で没した…
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由緒
文政6年(1823年)1月30日、勝海舟は旗本・勝小吉の長男として江戸本所亀沢町の大谷家屋敷で誕生、7歳までこの地で育った。平成27年(2015年)両国公園が「歴史文化公園」として整備され、勝海舟生誕の地として史跡化。碑文揮毫は西郷隆盛の孫・西郷吉之助による。
勝海舟とのつながり
勝海舟は本所亀沢町で生まれ、後の明治維新で徳川幕府の終焉と近代日本の誕生を橋渡しした稀代の政治家。咸臨丸で太平洋を渡りアメリカを見た目、幕府海軍を率い、慶応4年(1868年)3月13-14日、薩摩軍代表・西郷隆盛と江戸城無血開城を協議し江戸100万人の生命を救った。明治以降は旧幕臣として静かに生きたが、西郷の没後も徳川慶喜復権に尽力し、慶喜公伯爵復位(明治35年)を見届けて明治32年(1899年)77歳で没した。生誕地は錦糸町駅からも徒歩圏の両国公園にあり、西郷の孫の揮毫碑が幕末史の縁を今に伝える。

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