両国・本所一帯は、明暦3年(1657年)の明暦の大火を契機に江戸幕府が復興・整備した「新開地」である。大火後、隅田川西岸に両国橋が架けられ、対岸の武蔵・下総両国にまたがる地として「両国」の地名が定着した。元禄期(1688〜1704年)には武家屋敷が立ち並ぶ武家の町として発展し、元禄15年(1703年)には赤穂浪士が吉良上野介の屋敷(本所松坂町)へ討ち入りを敢行、以後この地は忠臣蔵ゆかりの史跡として広く知られるようになった。江戸時代後期には葛飾北斎がこの地で生まれ育ち、近代には芥川龍之介が本所で誕生するなど、文化の薫り高い土地柄を示してきた。明治期には近代警察制度の整備とともに本所警察署が設置さ…